夕顔


源氏物語の夕顔といえば優雅で奥ゆかしい花と言うことになるのだろうが、私の思い浮かべる夕顔は、丈5〜60センチメートル、シロウリのお化けと言いたくなるような、緑の実。見たらとおいしそうと買って帰るのが私の習性。又、昔、四国に行ったとき、庭に咲いた花を、「きれいでしょう、夕顔よ」と見せてもらった事もありました。ところがその花は私の夕顔の花とは違う花でした。となるとこの三っつの夕顔の関係はどうなっているのでしょう。


ユウガオ科の花
私の好きな夕顔の実は、長野辺りの出身の方ならご存知だと思いますが、群馬、栃木周辺の名産の干瓢と同じもので、長野のものは棚で栽培して実は細長く、未熟の実を煮て食べます。群馬、栃木辺りのものは、畑にはわせて育て、実は丸まるとした瓢になります。皮を剥いて、身を細長くむいて干したものがかの干瓢。昔は、よく熟れた実の皮を利用した物入れ等も作られ、軽くて便利な物入れ、炭入れ等に利用されていました。花は、他のウリ科のキュウリ、ヘチマなどと似た白い花が、夕方開き、朝にはしぼみます
夜顔
ヨルガオの花
四国で見た夕顔は、アフリカ産の園芸植物で、夜顔と言うのが本当の名。花屋さんの店頭に並ぶこともあり、比較的新しく日本に来た植物です。ヒルガオ科の花、と言うことは朝顔のような花で、夜、白く咲き、香りもあり、源氏物語のイメージには似合う花です。

さて、結論から言えば、源氏物語の夕顔は、干瓢の実のなる方の花。源氏物語が書かれた頃、日本に入ってきた立派な舶来植物。実が利用されるより先に、花が鑑賞され、その頃は、モダンで、物珍しい花だったのです。源氏物語の昔から、日本人は、新しい物、舶来物が大好きだったようです。


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瓢箪



ユウガオ

瓢箪
ヒョウタン
半蔀も同じ源氏物語の夕顔を題材にした三番目ものだが「さながら宿りも夕顔の。瓢箪しばしば空し。」と夕顔が瓢箪なのかと思うような文句が出てくる。ヒョウタンとユウガオは違う、と思いながら、謡本の説明を読むと、瓢箪というのは今のヒョウタンの事ではないらしい。もともとは、ウリ科の植物の果実の外皮を乾燥して作った入れ物のことを、ヒサゴ(箪、匏)、フクベ(瓢、瓠)などと言っていたようだ。ヒサゴの方が液体を入れるのに多く使われ、フクベの方が物の入れ物に使われるというのがもともとのようです。今のヒョウタンはユウガオ科で、夕顔と同じような花が同じように夕方咲きます。味は苦くて食べられません。専ら形を楽しみ、ヒサゴとして使うために栽培されてきたようです。それでいつの間にか、ヒョウタンが瓢箪になってしまったのでしょう。


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